気ままにいこうよ

いじめ、うつ病、ニート。ネガティブ人間が模索、提案するブログ

座間殺人事件の被害者の「死にたい」気持ちについて、いじめで死にたかった僕が思う事。

こんにちは。

のぶです。

 

つい先日、座間での9人殺人事件の判決がでましたね。犯人は死刑判決を迎え、世間的にも納得の判決です。

 

9人に対し快楽的な殺人を犯したのですから当然と言えば当然です。

 

ただ、個人的に思うのはこの事件は犯人の猟奇的な殺人だけが問題ではないと思うんです。

 

そう思うに至った個人的な思いについて今回は書いていこうと思います。

 

なんか暗い話ですが、許してくださいw

 

 

座間のような猟奇的殺人事件はいずれ起きていたであろうという事

座間市での9人殺害事件の判決がつい最近テレビで注目されていましたが、

 

事件自体が起きたのは3年程前でしたね。

 

僕は当時、うつ病の悪化が酷くて被害者の方々と同じ思いをしながら過ごしていました。

 

そんな3年前の当時の僕がこの事件を見て衝撃的だったのも事実なんですが、

 

被害者の彼らの思いというのか、葛藤というのは痛いほど実感していました。僕自身、そういう死に対する思いはありましたが、

 

なんとか家族の支えと治療もあって踏みとどまるに至っています。

 

そんな感じだからか、被害者の方が抱えている悩みについてはすべてはわからないですけど、

 

そういう葛藤があって加害者の元に吸い寄せられるかのように集まってしまった気持ちは何となくわかるのです。

 

僕はいい歳した大人ですし男ではありますけど、そういう死に対する思いを抱きながら学校生活、社会生活を送ってきたのもあるので

 

被害者側の立ち位置にかなり近いのかなと思っています。

 

それで個人的にこの事件について思うのは、いずれ起きていたであろう事件だなと感じました。

 

殺人だけではなくて詐欺もそうですが、人の弱みに付け込んで自分の利益しか考えない輩はいるわけです。

 

この事件もある意味、弱い気持ちに忍び寄って殺害に至った事件なので、メンタルを病んで弱っている人は狙われやすくなります。

 

詐欺も同じですよね。人の悩みに付け込んでお金をだましとる手法のそれと個人的には同じかなと思います。

 

それがメンタルという弱ってしまった心に付け込んで、殺害に至ったというものだと思うので、

悲しい事ですが、いずれ起きていたのではないかなと思う事件だなと感じました。

 

僕だけでなく多くの人が被害者の方々と同じ思いを抱えているということ

判決が出てからネットニュースを見ていて今回、記事にしてみたわけですが、

 

そのネット記事の中で被害者の方々の心情というのか、葛藤に関して取り上げている記事がありました。

 

この被害者の方々の立場と自分の立場を見た時に、僕自身も被害者側の立場に当てはまっている部分というか、共通する思いがかなりありました。

 

僕自身も学生時代いじめにあっていて大人になって引きこもったり、精神疾患で闘病生活を送っていたので、、、

 

被害者の中には無事にいじめ体験から引きこもりを脱し、アルバイトを始めた女性の方がいました。

正直同じ引きこもりで親の脛をかじってる僕からしたら、凄いなと率直な思いがありました。

 

ですが、悲しい事に様々な葛藤の末、加害者に弱みを漬け込まれ、亡くなられてしまいました。。

 

でも、その葛藤というのか、思いは共感できる部分もあります。働いたから気持ちが楽になる、安定するわけではないと思うんです。

 

何か始めれば死に対する思いがなくなるわけではないと思うんです。

 

おそらくですが、働く以前にきちんと、真剣に悩みを聞く環境や、死にたい思いを話したり、カウンセリングなどの専門的なメンタルケアを行っていれば、

 

少しでも気持ちが楽になれて心の葛藤がなくなり、ツラさが軽減してこういう事件にはならなかったんじゃないかなと思います。

 

それといじめ被害体験、過去のトラウマもあると思うんです。

 

被害者の方々の痛み、思いは僕自身、共感できる部分がありますし、同じ思いを抱きながらツラさを抱えながら生きている人はいっぱいいると思います。

 

なので、この事件は決して他人事ではない話だと思った方がいいなと思います。自分自身だけではなく、家族がそうなってしまう可能性もあるのですから。

 

そういう色んなツラさがあるのが当たり前なのかなと感じました。

 

死にたい思いを話してはいけない、吐き出せない風潮がいけないと思う

最後に思うのは、誰かに「死にたい」って事を話したらダメみたいな空気が一番問題なのかなと感じました。

 

どうしてもですが、メンタル疾患を抱えてしまってから思うのは、病気、心の病の事を気軽に話せない風潮というのか、

 

言えない空気があるなと感じています。やはり差別意識的な感じは実感します。

 

別におかしい話ではないし誰でもかかりうる病ですから、風邪と同じく普通の事と思うのですが、

 

どうしてもメンタル系な話は話さない、ツラい事は言えない空気があるのかもしれません。もしくは言いづらい事もあるかもしれません。

 

言える人はいいと思うんです。こまめに誰かに相談するとかできる人は話す事でストレス解消になるのでメンタル的にもいいのですが、

 

深刻な事で言えない、言いにくい人は友達や家族ではなく、カウンセラーでも病院の先生でもいいので、

 

打ち明けてみるといいと思います。恥ずかしがらずに。

 

真剣な悩み程話せないと思うのですが、小出しでもいいので辛い体験を話してみるとぽろぽろとドンドン溢れてきますよ。

 

僕自身、学生時代のいじめ体験について話せるようになったのはつい最近の事です。

 

大人になってから、ようやく人にいじめられていた事を話せるようになりました。とても勇気がいりましたし、話すのもできないほどの事をされてきたので、ずっと辛かったです。

 

学生時代から自分の中で辛い気持ちを押し殺してきたのですが、限界がきたのか、爆発するかのように家族に話したり、泣いたりしてました。

いい歳した大人ですけどw

 

でも、そういう泣きつける環境があるのはとても大事な事だと個人的には思います。

 

あとは、メンタルケアもそうですけど、甘えられる環境があるなら恥ずかしがらずに甘えるのは全然ありという事です。

 

僕は無職ですが、幸い甘えられる環境ではあります。今はですけどw

 

でも、そういう人に甘える事が苦手なのでずっと我慢してきたんですけど、結局は甘え上手がなんだかんだ得をするといいますか、

 

甘えて生きている人は山ほどいるので、甘える事ができるところがあったら甘えましょう。

 

経済的な事に関しては生活保護でも家族からの支援でもなんでも使えるものを使って甘えて生きていった方が結局人生楽しく生きていけると思うので。

 

甘えられる環境がないというのであれば、甘えられるところを見つけてみるのもいいかもしれません。

 

それこそ、死にたい思いを吐ける場所を見つけてみるとか。お金はかかりますが、病院の先生でもいいと思います。

 

そういうツラさ、毒を出していく事が何より大事かもしれませんね。

 

僕自身、口下手のもあるのとプライドが高いので、悩みを隠すタイプですけど、

 

限界がきて今に至るので、甘えられるうちに甘えるのが得だと思います。

 

ちなみに、僕には妹がいるんですけど、かなりの甘え上手でわがままです。

 

でも、それでも周りの人は笑顔になるし、笑って許してくれるので、適当に生きているけど、甘え上手で羨ましい。。と思う事は多々あります。

本人は真剣に悩みがあるかもしれませんがねw

 

なので、甘える事を悪いと思わずに辛かったら甘えていいと自分自身を許す心を持つといいかもしれません。

 

それと、死にたい思いは普通の事と思っていいと思います。

 

死にたいと思ったのならそう考えていいと思うんです。死にたいって思ってはいけないと自分で自分を縛ってしまうと苦しくなる一方なので、

 

死にたいほどつらい体験をしてきたと自分を許す勇気も必要かもしれません。しにたいほどつらい体験をしてきた証拠ですから、

 

その思いを押し殺してしまうと余計に苦しくなるのです。なので、その思いを素直に思っていいと許す事が大事かもしれません。

 

僕もこうしてブログで毒吐きしているのでw

 

そういうツラい気持ちをノートでもいいので、書いてみると多少ではありますが、スッキリすると思います。

 

その書いたものを客観視してみて一度考えてみたり、なんならその書いたものをカウンセラーや病院の先生に話てみるとより効果があるかもしれませんよ^^

 

そうして思っているツラさ、思いを客観視してくると見えてくるものがあるかもしれません。

 

ツラい時はツラいと思っていいという事を許す事が心を軽くする一歩に繋がるかもしれませんよ。

 

ちなみに、僕はまだできていません。。辛いですww

 

では、また(^_^)/~