いじめによる後遺症の1つ「自己否定のループ」を抜け出すには?
いじめを受けると自己肯定感が下がりますよね。
僕自身そうで過去のいじめ体験からとにかく自己肯定感がなくなり、自己否定のループに悩まされてきました。
学生時代で特に中学生時代が一番酷いいじめだったのですが、
暴力はもちろん、勉強ができない、馬鹿、キモイ、下手くそ、物を壊される等、
部活内のメンバーからさまざまないじめにあってきました。
それを無理に耐えてしまいました。
それからというもの、何をするにしても自己肯定感がなく、自己否定のループに陥りどんどんと自分を否定し続けた結果、
成人したころにはうつ病、対人恐怖、PTSDのどん底にいました。
そりゃあ、そうですよね。。我慢して追い打ちをかけるように自分で自分を否定しているんですから。
でも、まるで呪いの言葉のように、当時の言葉の数々を思い出しては自分を追い詰める、
いわば「自分いじめ」をしていたんですね。無意識に。
そういった被害体験を誰にも話せず、加害者への恨み、復讐心、怒りに支配されながら我慢をして過ごしていたので、
自己肯定感というものはない状態でした。
自己肯定感とは、僕が思うにありのままの自分でいることだと思うのです。
どんなにダサくてもかっこつけなくてもそのままの自分でいいと思えているのなら、
それは自己肯定感であって何かを身に着けるとか何かを欲することや何かを手に入れる事だけが自己肯定感には繋がらないのだと思います。
いじめという被害体験を経てしまうと今までの価値観、人生、安全がひっくりかえります。
世の中の人間が自分に危害を加えるんじゃないかといった恐怖に支配されると同時に
自分の存在を自分で否定し、どんどんと自分をいじめてしまうかもしれません。
自分が醜く思ってしまうかもしれません。
人によっては自傷行為や自己破壊行動、怒りとして自分を追い詰めてしまうかもしれません。
僕も何度もそういった経験があります。今はよくはなりましたが、あります。
ただ、それをしていても自己否定のループが強まるばかりで、一向に良くならないのも事実。
自分を痛めつけても残るのは虚無感だけだと思うのです。
そうではなく、自己否定のループから抜け出すには、今ある状態に着目することが大事かもしれません。
いじめ被害体験者はどうしても過去に意識が向いてしまいます。
過去のツラい体験を思い出すから今苦しくなってしまうのがトラウマですが、
そのトラウマをなかった事にするのは難しいですけど、いじめという強烈な被害体験を生き抜いてきたという
加害者たちに負けなかった、生き残ったという自信、本当の強さは残っているのもある意味事実です。
例えるなら、いじめではなくて災害と思ってください。
被災された人はとてもツラい体験を経ても、少しずつ前を向いています。中にはトラウマ、PTSDになる人もいるでしょう。
ですが、周りからのサポートを経て生き残っていけたのであれば、見方がいるのも事実ですし、
何より生き残った強さもあるわけです。
いじめとは、言うなれば「人災」です。
たとえ子供、学生であろうと他者に危害を与えていい権利がないですし、人の人権を奪っていい権利もない人災を起こす災厄です。
それを許してはいけないですし、加害者側が100%悪です。
そういった悪の存在に耐えて負けなかった、生き残れたのはとても強い証拠でもあります。どんな形でもね。。
その強さは努力して得るものではなく、本来ある自身に備わってる強さだと僕自身は思います。
それを否定せず、自分の頑張りを認めてあげる事から自己否定のループを抜け出すきっかけが作れるかもしれません。
僕自身、まだ完全に抜け出せていないですけど、今大人になってそう思えるようになったので、
まだまだ時間はかかりますが、少しずつでいいので自分の今あるリソースを見つけてみる作業をしてみるといいかもしれませんよ^^
自己肯定感というのは得るものではなく、元々は本来あるものなんですから。
自己肯定感がないのは自分自身がみえなくなってしまっているのかもしれないので、
少しずつ見つけてみるといいかもしれないですね。
いじめにあうと、自分がみえなくなりますけど、曇った視界が開けていけば徐々に今の自分が見つかるかもしれないですね。